(阿修羅「国家破産」BBS.1月4日の投稿から)

 http://www.asyura2.com/08/hasan60/msg/919.html




アメリカが2008年9月から始まった経済恐慌を、最終的解決策として「戦争」で解決しようとするのではないかという警戒論が流布しているが、それは全く不可能であり「幻想」に過ぎないのではないかというのが私見だ。


その警戒論は、1929年に始まった世界恐慌の後の第二次世界大戦(1939~1945年)を筆頭とした、アメリカの戦争経済の存在から来ている。

「アメリカは戦争経済によって経済成長する」という通俗常識は、軍産複合体の利益とアメリカの国家経済としての利益を混同したがためにもたらされる誤謬だ。

また第二次世界大戦の時のような、世界への特需工場としての性格が高かった当時のアメリカと、現在のアメリカを同列視してこの問題を考えることは誤りだ。


ミシガン大学の博士課程に在籍する、ポール・ポースト氏の著作 『戦争の経済学』では、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争では、戦争による経済の活性化がみられるが、その後のベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争においては経済効果はなかったと結論しているそうだ。下記アドレスのページの「第2章 実際の戦争経済:アメリカの戦争」で、過去の代表的な6つの戦争についての経済効果の概要と、戦争が経済的に有益に働く場合の5つのポイントを確認してもらいたい。5つのポイントとは、①戦争前に財源がある時、②戦時中に巨額の財政出動が出来る時、③自国が戦場にならず、④期間が短く、節度のある資金調達が出来る時、⑤戦争規模がある程度大きい事。



Wikipediaでは、

「現在の世界の多くの財閥や巨大企業がその繁栄期には戦争特需で急成長した時期があったように、戦争によって繁栄しうる。しかし、現代戦は国家財政を大きく消耗させてしまうため長期的な需要とはなりづらい。逆に戦争終結で投資が無駄になることも多い。軍需産業にとって最も望ましいのは冷戦のような軍拡競争であるといわれる。現在は冷戦終結後の軍縮で兵器市場が縮小し、軍需産業の統合が進んでいる。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E9%9C%80%E7%94%A3%E6%A5%AD


「兵器産業だけで見ても、2000年の防衛企業上位100社の全体の兵器売上高は、1,570億米ドルしかなく、この6割はアメリカの43社のものである。1980年代半ばの冷戦末期には世界全体の兵器への支出総額は、2,900億-3,000億米ドルで、2000年代の約2倍であったので、兵器市場は急激に小さくなったといえる。また例えば米国一国の他の産業と比べても、2001年のデータでは医薬品市場で2,280億ドル、自動車市場で6,000億ドル、雑貨で5,420億ドル、生命保険売上で8,000億ドル強、証券で3,400億ドルであったので、世界の兵器市場はそれほど大きくはない。」(ポール・ポースト 『戦争の経済学』)


「アメリカは戦争経済によって経済成長する」という通俗常識は、国際情勢を論じるアナリスト達がアメリカの「軍産複合体」の利益に注目するところから混同され、実際の過去におけるアメリカの「国家経済」においては、部分的にしか一致しない。そしてその通俗常識は、アメリカが1964年にベトナム戦争へ本格介入した時代以降、否定されてしまう。

勿論国際情勢アナリスト達が言うように、アメリカの「軍産複合体」は、すべての戦争において莫大な利益を上げてきた。しかしアメリカの「国家経済」においてみれば、必ずしも利益を上げてきたとは言えないのである。


私は、書庫にあるだけの書籍資料を読み直してみたが、ポースト氏の指摘と符合するようだ。

第一次世界大戦と第二次世界大戦はアメリカも参戦したが、アメリカにとっては兵器・物資の特需工場としてのウェイトの方が断然高かった。

軍需産業に働くアメリカ人は、第二次世界大戦中は総労働力の40%であった。米ソ冷戦時代の1987年時をみると5.7%であるので、第二次世界大戦中は総労働力からみて圧倒的に多くのアメリカ人が、この戦争の恩恵を受けている(数字は広瀬隆著『アメリカの巨大軍事産業』による)。


ベトナム戦争については、過去において国際情勢アナリスト達がアメリカ経済への加速度的貢献を強調するが、戦争が行われた期間全体から見るとポースト氏の指摘通りだ。ベトナム戦争とイラク戦争は、国家経済にとって戦費が増す「低強度戦争」(LIC=テロ・ゲリラ戦)であった。


『イラク戦争の経済コスト』 J.スティグリッツ(クリントン政権大統領経済諮問委員長)

https://reports.us.bk.mufg.jp/portal/binary/com.epicentric.contentmanagement.servlet.ContentDeliveryServlet/Internet/Reports/RD/Public/Production/BTM-WDCINFO%202006-No.004.pdf


1991年1月にアメリカがおこした湾岸戦争は、アメリカのハイテク兵器の前にイラク軍は弱すぎて3月にイラク軍は敗退。これは「テロ・ゲリラ戦」と違い、通常戦力主体の戦争であったが、1950年の朝鮮戦争とは違い「小規模戦争」であったために国家経済としての経済効果は少なく、翌1992年には失業率は7.3%で景気後退している。


このような過去の事例から見ても、経済恐慌に陥り財政が極めて厳しいオバマ政権を操る「戦争立案集団」が、戦争による国家経済の再生を計画立案することは、現在の国際情勢下において不可能だろう。


現在進行中のアフガニスタン戦争を考慮したアメリカの戦争プランナーが、自国の経済恐慌を救うためには、大規模な経済効果を上げる「大規模戦争」が必要だ。以下に現在おきている国際情勢下での主な火種を4つ挙げてみた。しかし、これら4つの戦争に関する限り、今のアメリカを経済浮揚させる戦争になるとは考えられない。


①イラン ―20世紀の4回にわたる「中東戦争」と現在の中東情勢では、軍事的・経済的環境が違う。現在、世界中のネットで言われている「中東大戦争」とはもはや漠然とした概念で、中東が混乱した状況下での米欧の敵はイラン、シリアでしかなく、これはイラク戦争以上の「長期的テロ戦争」となるため、アメリカにとっては膨大な経済損失となる。

2003年に始まったイラク戦争が示したように、イスラム相手のテロ戦争は3兆ドルを超える戦費を要した。2008年、アメリカの大手軍需産業は史上最高益を上げたが、同国の武器輸出総額はこの年340億ドル。軍産複合産業への波及効果は膨大な3兆ドルには遠く及ばないはずだ。


「イスラエルの核施設局所空爆は、イラン過激派を第二のアルカイダ以上にする」(2008年6月)

 http://otd9.jbbs.livedoor.jp/911044/bbs_plain?base=341&range=1


②ロシア ―ロシアのグルジア侵攻は、旧ソ連諸国(CIS)内での権力支配が目的であったのであり、ベネズエラ、キューバにおけるロシアの現在の軍事的行動は、アメリカへの威嚇行動に過ぎない。アメリカが「大規模な経済効果」を上げるためにロシアとの戦争を計画するのなら、ポースト氏が述べるように「大規模な戦争」が必要であるが、それは核戦争を前提とした戦略に他ならない。しかし、米ソ間での極度の核抑止力が働いている環境下での「大規模な戦争」計画は、空論でしかない(プーチン、メドヴェージェフが狂人であれば話は別だ)。


③インド・パキスタン戦争 ―この戦争は核兵器の脅威が指摘されるが、ポースト氏の述べる「小規模戦争」のレベルにとどまり、どのような形で介入するにせよ、アメリカの国家経済を浮揚させるような経済効果はないだろう。


④北朝鮮 ―アメリカ国防総省・ブッシュ政権首脳などが考えたように、アメリカと北朝鮮との戦争は、朝鮮半島にとどまらず、1950年の朝鮮戦争と同じように国境を接する中国を巻き込んだ全面戦争となる。それは中国経済に対して甚大な影響をもたらすので、経済的に中国との深い相互依存関係にあるアメリカが、オバマ政権で北朝鮮との戦争を起こす可能性はまずない。