①米国による中東からアジアへの軍事力シフト―米国のオフショア戦略(4)―

Robert Kaplan

目次

■ 序

■ ① R.カプランに見る米国のアジア重視

■ ② アジアでの米国の軍事力強化と米中関係

■ 結語:国債暴落後の日本

■ 序

本稿は、アジア太平洋地域におけるアメリカの「オフショア戦略」と「統合エアシーバトル構想」を扱った拙稿3稿(10年10月~11年1月、阿修羅サイトで公開)の続稿で、サブタイトルの「米国のオフショア戦略」にこれらの通し番号から(4)を付けたものです。

①「在日米軍基地の形骸化と日米安保の終末期」(2010年10月23日)

http://www.asyura2.com/10/senkyo98/msg/117.html

②「北朝鮮・中国攻撃では、特殊潜水艦とステルス爆撃機が主力となる」(2010年12月12日)

http://www.asyura2.com/10/senkyo101/msg/871.html

③「日米同盟は、日本国債暴落の前までの暫定的同盟となった」(2011年1月10日)

http://www.asyura2.com/11/senkyo104/msg/214.html

文中で使われる(注-11.4.日高)というような表記は、米ハドソン研究所の日高義樹氏の著作の発行年と月を表し、その箇所が日高氏の著作の部分要約である事を示します。それらと著作名との対応は本稿の最後に記しました。

■ ① R.カプランに見る米国のアジア重視

アメリカの著名な著作家ロバート・カプランは、十数冊以上の著作を持つベストセラー作家であると同時に、国防総省に設けられた国防政策委員会の委員である(2009年~)。ロバート・カプランはブッシュ共和党政権の終りの年の2008年3月に、カート・キャンベルらが2007年に設立したCNAS(新アメリカ安全保障センター)の上席研究員となった。CNASはオバマ政権の、とくに東アジア政策(南シナ海を含む)に大きな影響力を持つ。カプランの論文や発言はアメリカ政府やメディアに大きな影響を与えている。

現在ワシントンの専門家で議論されている「オフショア・バランシング」または「オフショア戦略」(strategy of offshore balancing)は、2006年のクリストファー・レインの著作が発端となっているようであるが、カプランは2010年米誌 Foreign Affairs, 5-6月号 に、“The Geography of Chinese Power”(「中国パワーの地政学」) と題する論文を発表している。下記は海洋政策研究財団によるその解説の一部である。

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(カプラン)論文は結論部分で、「米国は、北京との対立を回避しながら、どうすれば、アジアの安定を維持し、域内の同盟国を護ると共に、大中華圏の出現を抑制することができるか」と問い、「ギャレット計画」(Garret Plan)なる興味深い計画を紹介している。

(カプラン)論文によれば、この計画は、ギャレット(Pat Garrett)退役海兵隊大佐が考案したもので、「米国は、戦闘艦艇250隻(現在の280隻から削減)と16%削減された国防予算でも、直接的な軍事対決を伴うことなく、中国の戦略的パワーに対抗していける」とするもので、米国防省内で回覧されているという。(カプラン)論文は、この計画が「オセアニアの戦略的重要性」に着目し、これを「ユーラシアの均衡」(the Eurasian equation)に結びつけている点で重要であると評価している。

「海洋安全保障情報月報2010年5月号」(海洋政策研究財団)

http://www.sof.or.jp/jp/monthly/monthly/pdf/201005.pdf

The Geography of Chinese Power  Robert D. Kaplan

http://www.foreignaffairs.com/articles/66205/robert-d-kaplan/the-geography-of-chinese-power

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これはまさに現在アメリカが対中国・対北朝鮮戦略として構築している「統合エアシーバトル構想」の基本的考え方であり米国の「オフショア戦略」を表している。「統合エアシーバトル構想」(Joint Air-Sea Battle concept)の具体的シュミレーションについては冒頭で挙げた拙稿の3つで扱っているが、それらは昨年2010年での内容になっている。「オフショア戦略」の説明はこのあとで具体的な事例を用いて説明をしたいと思うが、「統合エアシーバトル構想」は「オフショア戦略」のバリエーションの一つであり、米国の保守派の「オフショア戦略」も含め、現在ワシントンで様々な形が議論されている。

このようにカプランは「直接的な軍事対決を伴うことなく、中国の戦略的パワーに対抗していく」事を考えており、アジアからの撤退は考えていない。中国の軍事力を封じ込めるためのオセアニアシフトであり(グアムを含む)、アメリカの飛躍的に発達した軍事力が「統合エアシーバトル体制」を可能にしたのだ。

「中国の戦略的パワー」とは、中国によるA2AD戦略 [ Anti-Access(接近阻止)/Area-Denial(領域拒否)]による軍事力を指しているが、カプランは先に挙げた「中国パワーの地政学」の論文で、(アジア地域で)「中国が米国に軍事的に挑戦できるようになるのは、まだ長い道のりを要する」と述べている。

それでも中国の軍事力は米国の軍事力にはとても及ばないことは軍事常識であるが、3月11日(東日本大震災直前)に中国が西太平洋全域を監視するために打ち上げた多数の偵察衛星と、同時に打ち上げた通信衛星によって、東シナ海、南シナ海、日本海、及び西太平洋の軍事的バランスがかなり変化してきている。つまり日本や東南アジア諸国の国防にとって、状況はそれ以前より悪くなった。これについてはまた稿を改めたい。

米軍の地域配備についての最近のカプランの発言を拾ってみると、8月15日にCNAS(新アメリカ安全保障センター)サイトで、空母打撃群は中東へシフトさせたが、全体としてのアメリカの軍事力はヨーロッパからアジアへと静かにシフトしていると述べている。また8月28日のフィナンシャルタイムズでは、オバマ政権は中東の民主化にともなう国内紛争で、直接介入したり主導的な役割を行うことを避けることによって、よりいっそう重要な地域であるアジアへアメリカの海軍力を集中させると述べている。

That, coupled with his impatience for troop withdrawals in Afghanistan, implies a rejection of nation-building in the Middle East, so as – in effect – to focus on something more crucial: maintaining US maritime power in Asia .

これは外交的なサポートはするが、アフガニスタンからの撤退とともにリビアやシリアの国内紛争において国際的に主導的な役割や直接介入することを避け、米軍全体の兵力と軍事費をアジアへ効率的に集中させることを意味し、中東各国の民主主義国家建設には従来のように深く関わらないということだ。これはイラクやアフガニスタンでのアメリカの反省から来ている。

このカプランの発言もまた、アメリカの伝統的な外交軍事戦略である「オフショア・バランシング」の一端を表している。「オフショア・バランシング」(offshore balancing)と「オフショア戦略」(offshore strategy )をとくに区別する必要はないないだろう。「オフショア戦略」とは脅威を及ぼす国から遠く離れた所から、外交・軍事力配置・経済政策を用いてその対象国を封じ込めるアメリカの伝統的な基本的外交・軍事戦略である(「offshore:沖合いへ向かって」)。

Libya, Obama and the triumph of realism (8月28日)

http://www.ft.com/intl/cms/s/0/a76d2ab4-cf2d-11e0-b6d4-00144feabdc0.html?ftcamp=rss#axzz1YAso3jcW

The South China Sea Is The Future Of Conflict (8月15日)

http://www.cnas.org/node/6830

アメリカの新しい核戦略委員会の委員長を務める元国防長官のシュレジンジャー博士は、「アメリカは、アジア、西太平洋から出て行くのではない。オフショア戦略を構築しようとしているのだ」と言っている(注-2011.4.日高)。

なお余談ではあるが、日本語版「フォーリン・アフェアーズ リポート 2010月10月号」のカプランの「中国パワーの地政学」の論文紹介のページに、翻訳上の重要な誤りがあるので指摘しておきたい。それは日本語のサブタイトルと要約文章だ。検索中、多くの人達がこのページを参考にしていることを知った。

日本語版

http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/201107/Kaplan

原文:The Geography of Chinese Power

http://www.foreignaffairs.com/articles/66205/robert-d-kaplan/the-geography-of-chinese-power

この要約文章は翻訳者自身が作ったもので、原文は約2行。「中国は東半球での覇権を確立しつつある」とあるが、サマリーに “is expanding” とあるのだから、「拡大しつつある」と訳すべき。また「その結果、モンゴルや極東ロシアに始まり、東南アジア、朝鮮半島までもが中国の影響圏に組み込まれ、」とあり、既に組み込まれているといった表現になっているが実際はそうではない。これは翻訳者自身がその下で部分公開として翻訳している本文内容と矛盾している。

やはり、おかしいと思ったら鵜呑みにするのを避けるか、英文に照らし合わせてみるかすべきだろう。

第1節は以上

<「② 米国による中東からアジアへの軍事力シフト―米国のオフショア戦略(4)―」へ続く>

http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/35759330.html