L・サマーズの金融緩和政策についてーIMFでの主張ー

  IMFの会議で発言するサマーズ元財務長官(11月8日、ワシントン) ロイター

F氏のサマーズ記事の要約上の誤りと反論

国際戦略コラムのFさんが、11月8日のIMFの会議でのラリー・サマーズの主張に関する記事を書かれていました。Fさんの記事は下記の記事について書かれたものです。サマーズについては興味を持っていたので私も読んでみました。

The Slump That Never Ends: Does the US face “secular stagnation”? (11月18日 AEI)

http://www.aei-ideas.org/2013/11/larry-summers-fears-the-new-normal/

以下はこの英文記事について書かれた、Fさんの記事の要約上の誤りと内容上の誤りを反論として挙げてみました。それらの誤りと反論は重要な部分に当たるものなので指摘させてもらいました。

「>>」の印の右の文がFさんの記事の引用になります。

■「4849.サマーズの「3本の矢」政策」について(11月20日 F氏)

http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/251120.htm

>>雇用と賃金の増加がない間、金利は普通に戻らないし、インフレも起

>>こらない。金利は今後10年間に2%、3%に落ちると推測している。

サマーズは「金利は今後10年間に2%、3%に落ちると推測している」とはこの記事のどこでも言っていません。今、米国の長期金利は2%後半です。「完全雇用を満たす「自然利子率」が5年ぐらい前(リーマン・ショック時)からマイナス2%かマイナス3%へ落ちたとサマーズは推測している」というのが文意です。“natural interest rate”(自然利子率)は経済用語です。

Summers speculates that the natural interest rate “consistent with full employment” fell “to negative 2% or negative 3% sometime in the middle of the last decade.”

>>イノベーションが起きるまで、財政出動で繋ぐしかない。

このあと挙げるFさんの書かれた「サマーズ理論が世界に波及」という記事でもそうですが、イノベーションが必要と言っているのは、記事中に出てくるアルビン・ハンセンとこの記事の執筆者のJames Pethokoukis 氏であり、サマーズがイノベーションを主張したとは書かれていません。

>>日本と同じような3本の矢政策が必要で1つはNGDP目標値、2つに労働者の移民政策、3つにイノベーション政策であると。

この部分の「3本の矢政策が必要」と言っているのも執筆者のPethokoukis氏の意見であり、Fさんが付けた『サマーズの「3本の矢」政策』という表現は誤りで、サマーズが「3本の矢」政策を主張したなどとはどこにも書かれていません。

“ — than I can provide a single blog post, but a few observations:”とあるのでそれ以後は執筆者の所見を述べたものです。

■「4850.サマーズ理論が世界に波及」について(11月21日 F氏)

http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/251121.htm

>>世界経済の不均衡是正には、金融量的緩和の縮小が必要であり、そ

>>れと新規需要の創造が必要になる。イノベーションである。

>>このサマーズ理論により、金融量的緩和政策が見直し機運にある。

サマーズはこの夏以降、量的緩和に否定的・懐疑的と市場やマスコミなどから見られていましたが、11月のこのIMFでの発言について、ウォールストリート・ジャーナルは、バーナンキのQEをさらにいっそう積極的なものにしたQEをサマーズは考えているといった意味の見方をしています。これと同様な見方が、このAEIの記事でも、サマーズの共著者のブラッド・デロングのブログから引用されて述べられています(ブラッド・デロングのブログへリンクが張られています)。

What Many More Years of Easy Money Could Do to the World Economy (11月20日 WSJ)

http://blogs.wsj.com/moneybeat/2013/11/20/what-many-more-years-of-easy-money-could-do-to-the-world-economy/

>>今後数回内の会合で量的緩和縮小を決定できる」と述べて

>>、金融量的緩和の縮小策を支持していることが明らかになった。

>>投票権のない参加者も含めると、おおむね「数カ月以内の縮小が正

>>当化される」との見方が示された。

>>というように、米国内でもサマーズ理論が支持を得る方向である。

10月29、30日のFOMC会合での金融量的緩和の縮小の動きは、11月8日のサマーズの発言とは関係ありません。

別のコラム記事でもFさんは「サマーズ、ルービニ、ラジャンなど一流の経済学者が徐々にタカ派的な意見を述べている」と書いていますが、サマーズは「量的緩和をしてきても効果が上がらないのは名目GDPをレベル・ターゲットとしていないからだ」と言っているので、GDP値をターゲットとした量的緩和を推進すると考えている点からもハト派です(タカ派的イメージを抱いていた市場関係者は、IMFでの講演は意外であったのではないでしょうか)。

またサマーズの考え方がハト派であるのは前述のWSJの記事が、「サマーズの発言はニューヨーク・タイムズでクルーグマンに暖かく受け入られた」と伝えていることからも明らかでしょう。

そもそもサマーズはクリントン政権以来、民主党の所属ですから共和党のようなタカ派的な金融政策にはなりえません。米国の借金を膨張拡大させたオバマにFRB議長にと気に入られたのもうなずけます。

また、Fさんは「現在の米国の状況では、借りに借りるしかない。そして、刺激策しかない」と解説していますが、それであったら量的緩和を拡大するしかなく、サマーズについてのFさんの論旨は全く矛盾しています。

>>FEDの非伝統的な金融政策QEが間違えで、金利を下げると社会活動

が落ちる。(4849.サマーズの「3本の矢」政策)

サマーズは2008年の金融危機後の数年の対処的な「FEDの非伝統的なQE」は高く評価しています(ブルームバーグ)。しかし、米国が長期的な経済停滞に陥っているいま、QEの手法をさらに大きく修正してQEを推進するべきであるとサマーズは考えているのではないかというのが、このAEIの記事の執筆者Pethokoukis氏とウォールストリート・ジャーナルの見方です。

サマーズは現在の米国経済が「長期的停滞」(“secular stagnation”)に陥っていると考えていますが、そこで量的緩和の縮小を推し進めればそれこそ「長期的停滞」は更なる悪化に陥ります。量的緩和の縮小というのは経済の好転の判断があってはじめて選択できるものです。

サマーズの金融政策について、もう少し踏み込んだものを述べてみたいのですが、それはまた、稿を改めます。