ロシアの核兵器戦力の準備とウクライナ―NATOを背後に―

ロシアの核ミサイル部隊(RVSN)の「RS-12Mトーポリ」(大陸間弾道ミサイル)
 
10月に入り、戦略上の要衝であるドネツクでは政府軍と親ロシア派の間で激しい砲撃戦などが起こり、「今後、戦闘が再び激化するのではないかという懸念が出ています」。
 
ウクライナ 停戦が事実上破綻 戦闘激化懸念 (10/03-2014 NHK)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141003/k10015082121000.html
 
ウクライナ政府軍と親ロシア派武装勢力の戦闘は、米国とロシアの代理戦争です。
プーチンはこの先、どのように動くのでしょうか。
 
【◆◆以下の記事は有料メルマガ9月11日号に加筆・修正したものです】
 
    ロシアの核兵器戦力の準備とウクライナ
 
      ―NATOを背後に―
 
【目次】
【1】 核兵器戦力の準備
【2】「予防的核攻撃」
 




ウクライナ情勢を巡り、欧米諸国とロシアの対立が深刻化している問題で、ロシアのプーチン大統領は29日、「ロシアは核大国だ。関わり合いにならない方が良い」と述べ、欧米側を露骨に威嚇した。西部トベリ州で、ロシアの若者を集めた対話集会で語った。
 
・・・国営テレビが生中継した。欧米との対立を巡って「ロシアが大規模な紛争に突入することはない」と述べつつ、「核戦力をより小型で効率的かつ近代的なものに強化している」と語った。
 
ウクライナ情勢:露大統領「核大国」強調…欧米を威嚇 (8/30-2014 毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/news/20140830k0000e030237000c.html




この報道はNHKテレビでも流されましたが、核兵器の使用をちらつかせたプーチンの発言に驚かれた方も多います。
毎日新聞はこれを威嚇と書いていますが、これは単なる威嚇ではなく、プーチン・ロシアはウクライナの背後にいるNATOとの戦争を想定して、最悪の状況での手段として核兵器による攻撃の準備を進め、軍事演習を行っています。
 
今回の記事では、NATO・ウクライナとの戦争で使われる核兵器戦力が、プーチンとロシアによってどのような形で準備されつつあるのかを、シンクタンクとニュースの情報をもとにまとめてみました。
 
    【1】 核兵器戦力の準備
 
9月3日、ロシア国防省は「戦略核兵器を保有する部隊が今月9月に大軍事演習を行うであろう」と発表しました。兵士4000人以上が参加します(ロイター)。
 




The forces responsible for Russia’s strategic nuclear arsenal will conduct major exercises this month involving more than 4,000 soldiers, the Defense Ministry said on Wednesday,
 
Russia’s strategic nuclear forces to hold major exercise this month (9/03-2014 ロイター)
http://www.reuters.com/article/2014/09/03/us-ukraine-crisis-russia-exercises-idUSKBN0GY0IB20140903




一方、モスクワ・タイムズによれば、プーチンが「核」の力をちらつかせた8月29日の発言の10日前、ロシアの核ミサイル部隊(RVSN)の大幅増強の計画が、部隊の報道官ドミトリー・アンドレーエフによって発表されていました。このアンドレーエフ報道官の発表は幾つもの英文ニュース・メディアのほか、戦略国際問題研究所(CSIS)のHPでも取り上げられています。
 
RVSNはロシアの膨大な核ミサイルを持つミサイル部隊で、現在その現代化と再武装化が進められており、2020年までに8500個の部隊に拡大されるという大計画です。これには23兆ルーブル(6500億ドル)が投じられるといいます。
 
プーチンが「核戦力をより小型で効率的かつ近代的なものに強化している」(8月30日 毎日新聞)と言ったのは、主にこのRVSNのこの核ミサイル部隊のことであると思われます。
 
Google画像検索で「RVSN」と入れて検索してもらえれば、核ミサイル部隊「RVSN」などの写真画像が多く見られると思います。
 




The missile forces, like the navy and the army, is in the process of being overhauled through a 23 trillion ruble ($650 billion) military modernization and rearmament program through 2020. The RVSN itself will see 98 percent of its equipment — much of which is comprised of aging Soviet-era ICBMs — replaced with newer models.
 
Russian Army to Expand Nuclear Missile Forces (8/19-2014 モスクワ・タイムズ)
http://www.themoscowtimes.com/business/article/russia-to-expand-nuclear-missile-forces/505410.html




RVSNでは核ミサイルを車両に搭載していますが、ロシア軍は核ミサイルを搭載できる戦略爆撃機を使った大規模な軍事演習を2013年9月に実施しています。
 
この陸海空軍を動員した大規模な軍事演習は“Zapad-2013” (“West-2013”)と呼ばれ、ロシア西部軍の管区とベラルーシで行われました。(ベラルーシはロシアを中心とした集団安全保障条約に加盟していて、NATOには加盟していません)
 
この“Zapad-2013”の軍事演習についての様子と分析が、ジェームズタウン財団から報告書としてウェブ公開されています。
 
 
この報告書の結論の部分では、ロシア軍が2013年3月に核ミサイルを戦略爆撃機に搭載して、ストックホルム(スウェーデン首都)の複数の標的を攻撃するシュミレーション訓練を行ったという情報を挙げています(本文11ページ)。スウェーデンはロシアとの間に軍事協力関係があるので、この訓練にはショックを受けたと報告書は伝えています。
 
下記のリンクはこれについてのスウェーデン語の解説記事ですが、興味がある方は機械翻訳でも読むことができます。
 
Övade med kärnvapen mot svenska mål (1/12-2014 Expressen.se)
http://www.expressen.se/nyheter/ovade-med-karnvapen-mot-svenska-mal/
 
ジェームズタウン財団から出されたこの報告書は、2013年9月の大軍事演習が、プーチンがウクライナ侵攻を2013年の夏以前から計画し、ウクライナとの全面戦争まで想定して準備を進めていたことを、明確に示していると思います。
 
    【2】「予防的核攻撃」
 
さて、ロシアの国家安全保障会議は9月2日、「ウクライナ情勢を含む新たな脅威を踏まえ、軍事ドクトリンを年内に修正する方針だと」明らかにしました(下記記事から)。
 




現行の軍事ドクトリンは2010年に決定されており、北大西洋条約機構(NATO)の拡大を脅威とするとともに、国家の存立が脅かされた場合の核兵器使用の権利を確認している。
 
ロシアが軍事ドクトリンを年内に修正、新たな脅威受け=通信 (9/03-2014 ロイター)
http://jp.reuters.com/article/jpRussia/idJPKBN0GX1TQ20140902




ジェームズタウン財団のロジャー・マクダーモット氏(ロシアが専門)によると、いまロシアのマスコミでは、年内に改定される新しい軍事ドクトリンの条項に「予防的核攻撃」の文言が入るかどうかで騒がれているそうです。
 
「予防的核攻撃」というのは「核兵器による先制攻撃」のことにほかなりません。
 
マクダーモット氏によれば、新しい軍事ドクトリンの条項に「予防的核攻撃」の文言が入るというのはロシア国防省からのリーク記事であったそうです。その後、元参謀総長の Yury Baluyevskiy がこれを否定しましたが、これはロシア国防省が意図的に流したようだとマクダーモット氏は見ています。もちろん、ウクライナやNATOに対する「核」による一連の威嚇です。
 
 
【ジェームズタウン財団】先ほどの“Zapad-2013”の報告書もジェームズタウン財団から出ていますが、米国のこのシンクタンクは、東西冷戦時代からロシア(ソ連)と中国を専門領域としてきた歴史があるシンクタンクで、ロシアや中国について中身の濃い記事が多いと思います。
 
【編集後記】 今回は、プーチンが考えているNATOに対する核攻撃の方法などについても、資料をもとに書きたかったのですが、これらについてはまた稿を改めたいと思います。