集団的自衛権の戦略は中国・ロシアの連合軍には機能しない―尖閣諸島を想定しロシア・中国軍が上陸訓練―

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  集団的自衛権の戦略は中国・ロシアの連合軍には機能しない
    ―尖閣諸島を想定しロシア・中国軍が上陸訓練―
【目次】
【1】 尖閣諸島を想定しロシア・中国軍が上陸訓練
【2】 集団的自衛権の戦略は中国・ロシアの連合軍に機能するか
7月15日に安全保障関連法案が衆議院で可決され、すでにその成立の見通しがほぼたった頃、米国の戦略国際問題研究所のHPに、次のように書かれた記事が掲載されました。
「いま、日本の議会による安保法案が検討されていることは、東アジアの防衛問題での潜在的な大きい転換の始まりの前兆を示している」
The future of Russia-Japan relations (「ロシア-日本関係の先行き」 戦略国際問題研究所 SEP 2, 2015)
http://csis.org/publication/pacnet-55-future-russia-japan-relations
この記事のこの言葉は、単に、日本の集団的自衛権の行使容認によって、米国と日本の軍事力の一体化が強化されることを指しているのではありません。日本のマスコミは東アジアでの日米同盟の結束だけを報道し、その敵対勢力(複数)の動きをあまり伝えていませんが、「東アジアの防衛問題での潜在的な大きい転換の始まり」とは、2年ほど前から始動を始めた<東アジアでの中国とロシアの軍事協力の拡大>を指します。
北東アジアでの中国・ロシアの戦略的協力―日米同盟 VS 中露の戦略的協力―(5/28-2015 拙稿 )
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/39461397.html
最近の中露間での軍事関係を扱ったものとして、米国の戦略国際問題研究所(CSIS)のHPから9月に公開されたユー・ビン氏のレポートを調べてみました。
Comparative Connections v.17 n.2 – China-Russia: Tales of Two Parades, Two Drills, and Two Summits (戦略国際問題研究所 SEP 15, 2015 PDF)
http://csis.org/publication/comparative-connections-v17-n2-china-russia
  【1】 尖閣諸島を想定しロシア・中国軍が上陸訓練
中国とロシアの海軍が日本海で演習、上陸訓練も 日米牽制か
http://www.sankei.com/world/news/150820/wor1508200034-n1.html
「ロシアと中国の海軍は20日、極東ウラジオストク周辺の日本海で合同演習「海上連合-2015」を開始した。演習には対空、対艦、対潜水艦作戦などに加え、合同での上陸訓練が含まれており、中国が領有権を主張する沖縄県・尖閣諸島や南シナ海をめぐる米中対立などを念頭に、日米を牽制(けんせい)する狙いがあるとみられる。
(以下省略)」(8月20日-2015 産経新聞)
上記の産経新聞、また時事通信などの記事もそうですが、この中露の8月の合同演習の「尖閣諸島を念頭に」したと思われる上陸訓練の位置づけを、産経は「上陸訓練が含まれている」程度にしか伝えていませんが、専門家のユー・ビン氏の報告では違います。
戦略国際問題研究所のHPで、年3回の中露関係のレポートを担当しているユー・ビン氏(ウィッテンバーグ大学 米国)は、この合同軍事演習の中心的な主題は、「『共同での海上航路の保証(確保)と共同での上陸活動』であった」と分析しています。
The theme of the second phase of the exercise was “joint assurance of sea traffic and joint landing activities.”
「共同での海上航路の保証(確保)」は、産経新聞でも触れているように南シナ海の有事を想定したもので、「共同での上陸活動」は尖閣諸島を想定したものと思われ、この共同上陸訓練は中国とロシア両軍にとって最初の訓練になりました。
「日米両政府が4月に改定した防衛協力指針(ガイドライン)では、新たな協力項目に離島防衛を明記し」、「陸上自衛隊は2017年度末までに、離島への上陸・奪還作戦を展開する『水陸機動団』を発足」させます。
離島防衛 切れ目なく 陸自、専門部隊を育成 (9/28-2015 日経 )
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS27H1L_X20C15A9PE8000/
ユー・ビン氏の報告によれば、日米のこの動きに呼応したとも言えるこの中露の共同上陸訓練では、侵攻のための組織化された陸、海、空軍の組織的な軍事行動(“amphibious landing”)を含む武力を、さらに両軍で統合(一体化)して行われたとのことです。
今回の極東ウラジオストク周辺の日本海での合同演習「海上連合-2015」(“Joint Sea-2015”)に使われた全体での兵器の内訳を見てみますと(PDF6ページ)、
水上艦が合計23隻、潜水艦2隻、固定翼機15機、無人機2機、艦載ヘリコプター8機、水陸両用「装備(車両)30台、そして総勢400名の海軍兵士。
水上艦については、「ロシアメディアによると、中国側から駆逐艦など7隻が参加。ロシア側からは太平洋艦隊旗艦のミサイル巡洋艦「ワリャク」などが加わった」そうです(前出産経記事)。
これらをロシア、中国に分けて見てみますと、
ロシア海軍からは、水上艦16隻、潜水艦2隻、固定翼機10機、艦載ヘリコプター2機、水陸両用装備(車両)9台、そして200名の海軍兵士。
中国からは水上艦7隻、艦載ヘリコプター6機(海軍)、固定翼機5機(空軍)、水陸両用装備(車両)21台、そして200名の海軍兵士。
(無人機2機は、どちらから参加したのか記載がありません)
政府は、「離島占拠が本格的な武力攻撃に発展する事態に備え、日米で共同対処する体制も整えて」いますが(前出日経記事)、中国とロシアも尖閣問題が本格的な武力攻撃に発展する事態に備え、共同対処する体制を整えているようです。
現在、ロシアと中国の間では、24機のスホイ-35長距離多用途戦闘機(Su-35)、S-400対空ミサイル・システム、そして何隻かの第五世代カリーナ級の通常動力潜水艦などの大型の商談がまとまっていると見られています(ユー・ビン氏レポート)。
ユー・ビン氏の今年5月の報告によれば、中国がS400を受け取るのは2017年と見られているそうですが、同氏のこの9月の報告では中国人消息筋の話として、スホイ-35戦闘機(Su-35)も2017年に中国へ譲渡される予定になっているそうで、これにより2017年は、中露の軍事協力によって中国軍の戦力が飛躍的に向上します。
(※ 前出拙稿『北東アジアでの中国・ロシアの戦略的協力』の第2節「中露のS400と尖閣諸島 +S500」を参照)
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/39461397.html
  【2】 集団的自衛権の戦略は中国・ロシアの連合軍に機能するか
日米両政府は今年4月、ニューヨークで「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を18年ぶりに改定しましたが、国立国会図書館の調査及び立法考査局の報告書を見ると、今回の2015年のガイドラインの「脅威の対象」は「中国、北朝鮮、国際テロ」であると明確に新ガイドラインを分析しており、プーチンが指導するロシアの存在、ましてや中国とロシアの連合軍という現出しつつある想定が「脅威の対象」に含まれていません。
新たな日米防衛協力のための指針―その経緯と概要、論点―(国立国会図書館 調査及び立法考査局 8/25-2015 PDF)
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9484419_po_0874.pdf?contentNo=1
ワシントンのハドソン研究所の首席研究員で日米同盟を長年研究してきた日高義樹氏は、2015年の今回のガイドラインの想定を、私のこの意見とは違った意味で、「すでに過去のものになっている」想定といって批評しています(※注-1)。
ガイドラインとは、日米安全保障条約に基づく防衛協力の具体的なあり方を取り決めた文書です。
2015年8月の日高氏の著作レポートでは(※注-2)、中国のA2AD戦略が米国の軍事技術力に全くかなわないことが明らかになってきたため、中国が核兵器の先制使用を軍事戦略に組み込んでいる可能性が述べられています。また、プーチン率いるロシアは、いつ軍事ドクトリンを修正し、核兵器の先制使用を容認するかもわかりません(下記記事第2節「予防的核攻撃」参照)。
ロシアの核兵器戦力の準備とウクライナ (2014/09/11 拙稿 )
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/39024587.html
中国は自国の通常戦力(核兵器以外の戦力)が米国のその軍事技術力に全くかなわないことが明らかになったため、ロシアの軍事技術を導入し、ロシア製の最新兵器を多く購入するため、ロシアとの軍事協力の拡大へとすでに大きく転換し始め、動き出しています。
前出のユー・ビン氏の9月のレポートによれば、「中国とロシアの間の『軍事技術協力』の問題は、5月のプーチンと習近平の会談のなかで『特別な配慮』がされた領域であった」といいます。
この二人の会談の後、セルゲイ・ショイグ国防相は次のように言ったと伝えられています。
「我々(ロシアと中国)は、今後も一貫して『軍事技術協力』を拡大するつもりである。『軍事技術協力』というこの領域は、ロシア-中国関係という複合体のなかで重要な場所に位置する」
“We intend to expand it [military- technical cooperation] consistently. This area of collaboration has an important place in the complex of Russian-Chinese relations,” Defense Minister Shoygu was quoted as saying.
また副国防相のアナトリー・アントノフはマスコミに対し、中露両国が「挑戦者と脅威」への立場を「共有する」ことを付け加えたうえで、次のように発言しています。
「中国との協力は、『新しい挑戦者と脅威に反撃するために共同の潜在力を増大させる』ことを目標にしている」
冒頭のCSISの記事では、中国訪問の後の2014年11月にショイグ国防相は、「中露両国の軍事行動(“military operations”)と軍事技術での協力の必要性」をとりわけ強調しながら、「ロシアと中国の戦略的パートナーシップは、ユーラシア地域全体の平和と安定に貢献する」と言明したと述べています。
日本の自衛隊を米国が便利に利用できるようになった新しい安全保障法は、今の段階では米国の軍事専門家やワシントンの政治家たちから良い評価を得ています。
しかし、核兵器と弾道ミサイルの膨大な破壊力を有する超軍事大国、「中国とロシアの連合軍」の前には、このような数年遅れの日米ガイドラインでは対応が不可能・困難であり、米国世論はやがて日米同盟の危険性に拒否反応をおこすことが考えられます。
その事により、日本政府が現在掲げている集団的自衛権の拡大に基づいた国家の防衛戦略もやがては空疎化し、集団的自衛権の行使は自衛隊を米国に便利に利用されるだけに終わることになりかねません。
冒頭のCSISの記事の執筆者であるアンドレイ・カザク氏は、「東アジアでの防衛と安全保障のなかでの中国とロシアの重大な協力は、日本がその一員である米国主導のシステムに最大の挑戦をほぼ間違いなく引き起こす」と述べています。
このことは2014年から2015年にかけて次第に鮮明になってきていることで、近年のロシアのアジア戦略の重要な拠点の一つとして千島列島を考えているプーチンは、北方領土返還や大統領訪日を強く求めてくる安倍政権をトンチンカンだと考えているはずです。
ロシアのプーチンには中国が世界で一番重要で必要な存在であり、安全保障法を成立させ米国との同盟を強化し、中国との対立を一層強めながら「日本とロシアは仲良くしましょう」というのだから、プーチンから言わせれば大ボケです。
ハドソン研究所で日米同盟を長年研究してきた日高義樹氏は、最新刊の著作レポート(2015年8月刊)で、現在の日本政府の集団的自衛権の拡大に基づいた防衛戦略の限界を指摘しています。
日高氏は、核兵器の先制使用を組み込んだ中国の新しい核戦略に対しては、「現在、日本が進めている集団的自衛権の拡大といった、その場しのぎの対応策では、危機を回避できない」と言っています(※注-3)。
       ◆      ◆
アベノミクスは輪転機ばかり回してもその効果は剥落し、景気は消沈していきます。国の借金を膨大に膨れ上がらせ、「中国とロシアの連合軍」という敵から国を守り、米国の今後の軍事的要請を受け入れ続けるには、輪転機をもっと増やして、すべての輪転機をガンガン回さなければなりません。
日本が壊れるまで(金利が急騰するまで)輪転機をガンガン回し、膨大な借金をなお膨れ上がらせ続けている日本が、「中国とロシアの連合軍」から国家を防衛し続けることなど果たしてできるでしょうか。
金利が急上昇し始めれば、日本は戦さのまえに「素寒貧」(スカンピン)です。「素寒貧」の日本が日米同盟で集団的自衛権の拡大などできるでしょうか。そうなれば米国にしたって日米同盟など迷惑な話でしょう。
国家の防衛を支えるのは財政です。
アベノミクスの本質は輪転機を回すことです。
いまの海外経済が悪くなることを想定しなかったのは、明日の野外イベントに雨天を想定しなかったのと同じです。輪転機さえ回していれば政権を維持していけると思ったのでしょう。
非常な難題となりますが、日米安保条約や経済財政の在り方を含め、日本は根本的に国家戦略を練り直し、早急に新しい戦略をつくりだす必要があります。
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■ 資料
日米防衛協力のための指針(ガイドライン) (防衛省)
http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/shishin/
■ 注:
注-1:『日本人が知らない「アジア核戦争」の危機』 17ページ 日高義樹著 2015.8.4刊 PHP研究所)
注-2:同上書
注-3:同上書25ページ