日米安保第5条には「武力行使」の明記がないーNATO条約との大きな違いー

冷戦期のヨーロッパ勢力図。青がNATO、赤がワルシャワ条約機構
  
 


    日米安保第5条には「武力行使」の明記がない
 
【目次】
1】 NATO条約との決定的な違い
2】 「共通の危険に対処するように行動する」とは何を指すのか
 

 
今回の記事は、いまマスコミで騒がれている集団的自衛権に関してです。
自民党がいま、集団的自衛権を行使しようと非常に強引に進めているのは、1960年に調印された現行の日米安保条約の第5条に米国の「武力行使」の文言が明文化されていないことにあると考えています。このことが日本国内で、尖閣問題で中国と戦争になった時に、アメリカが本当に日本を守ってくれるのかという議論を招いているのです。
 
1949年に締結されたNATO条約と違い、日米安保条約の第5条に米国が「武力行使」の文言を入れなかったのは米国の深謀遠慮だと考えます。安保条約の第5条のもつ「曖昧さ」は、集団的自衛権の是非を考えるのに非常に深くかかわってくると思うので記事にしました。
 
私の立場から述べますと、私は自民党の集団的自衛権の行使には反対です。しかし、現在主張されているような集団的自衛権への反対論にも同意できません。私は現在のところ、現行の日米安保条約とは別の、新しい安全保障条約を米国と結ぶしかないと考えています。
 
 
   【1】 NATO条約との決定的な違い
        ―日米安保第5条には「武力行使」の明記がない―
 
ワシントンにある保守系シンクタンク、ハドソン研究所で日米同盟を長年研究してきた日高義樹氏は、今の日米の政治経済の環境下で、「尖閣諸島をめぐって戦争になった時、アメリカ軍が駆けつけてくれるなどということは、基本的にはあり得ないのだ」と強調して述べています。(『アメリカの大変化を知らない日本人』 246ページ, 20143月刊)
 
自民党が憲法解釈の変更により集団的自衛権を行使しようと非常に強引に進めているのは、日本が武力攻撃にさらされた場合、日米安保条約による米国の武力攻撃が実際に有効に機能しないのではないかという、強い危機感と焦りがあるからです。
 
日本のマスコミは外務省のHPの解説通りに、一様に日米安保第5条について「米国による対日防衛義務を定めたもの」としています。実際にはどうなのでしょう。政府やマスコミによる説明通りなのでしょうか。
 






この条約の第5条は日米両国の「共同対処」宣言を記述しており、第三国の武力攻撃に対して条約にもとづく集団的自衛権や積極的防衛義務を明記しているわけではない。このため第三国が日本国に武力攻撃を行う際、自動的に米国が武力等による対日防衛義務を負うわけではない。また在日米軍基地や在日米国施設等がなんらかの手段で武力攻撃を受けている際、日本は憲法の規定(の解釈)により、個別的自衛権の範囲でしか対処できない。ここから安保条約の実質において、日本国が武力攻撃にさらされた場合、有効に機能しないのではないかとの議論がある。
 
日米安保第5条共同対処宣言(義務)に関する解釈 (ウィキペディア)






 
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日米安保第5条原文(前段)
Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan would be dangerous to its own peace and safety and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes.
 
各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宜言する。
 
【原文】 外務省資料: TREATY OF MUTUAL COOPERATION AND SECURITY BETWEEN JAPAN AND THE UNITED STATES OF AMERICA
 
翻訳:全条文:日米安全保障条約(東京大学東洋文化研究所データベース)
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オバマ大統領は今年4月24日の日米首脳会談後(東京)の記者会見で、「尖閣諸島も含めた日本の施政下の領域に日米安保第5条は適用される」と表明しました。日本のマスコミはこれを「米軍が防衛義務を負うことを明言した」と伝えました。
米シンクタンクで海軍アドバイザー等を務め、サンディエゴ在住の北村淳氏は、この「『防衛義務』という表現を無批判に使用するのは、嘘あるいはデタラメとまでは言えなくとも決して適正な報道姿勢とは言い難い」と述べています。
 
日米安保第5条は日本を守ってくれるのか?(2014-5/01 北村淳 JPpress
 
外務省の「日米安全保障条約(主要規定の解説)」では、「第5条は、米国の対日防衛義務を定めており、安保条約の中核的な規定である」と説明がされています。条文ではこの部分に該当するのは数行で、そこには「共通の危険に対処するように行動することを宜言する」(宣言する)とだけしか書かれていません。
 
この条文が本来極めて曖昧であることを、北村氏は北大西洋条約(NATO条約)第5条と比較して強調しています。集団的自衛権行使の是非を論じる時には、NATOの集団安保体制と日米安保は決定的と言えるほどの大きな違いがあることを充分に考慮すべきです。いくつかある両者の大きな違いの一つとして挙げられるのは、有事の際の「武力行使」がNATO条約では明文化されているのに対して、日米安保には「武力行使」の文言の記載がないということです。
 
NATO条約では“including the use of armed force”と武力行使が明記されているのに対して、日米安保条約では“it would act to meet the common dangermeet 対処する、対応する)-「共通の危険に対処するように行動する」-としか記載されていません。
 
翻訳:全条文 北大西洋条約(東京大学東洋文化研究所データベース)
 
原文:The North Atlantic Treaty (NATO
 
4月の日米首脳共同会見の模様をリポートしたウォールストリート・ジャーナル日本版では、会見中、オバマ大統領は「軍事力を行使するという直接的な言い方はしなかった」と伝えています。
 
日米首脳共同会見 ライブブログ 2014-4/24 WSJ日本版)
 
クリントン前国務長官をはじめ米国政府の閣僚などは、尖閣諸島への第5条適用の発言をたびたび繰り返していますが、「武力行使の選択肢」という言葉に至っては、いまだに4月のオバマ大統領の会見でも言及がされないままです。この最大の理由は、安保第5条が適用された時の「共通の危険に対処するように行動する」という条文の文言が、必ずしも「武力行使」を指すわけではないからです。つまり「第5条適用」の発言が何回繰り返されても「武力行使」の確約をとったことにはなりません。 
 
 
    【2】 「共通の危険に対処するように行動する」とは何を指すのか
 
前出の北村氏の記事によると、マサチューセッツ工科大学のテイラー・フラベル准教授は「もし尖閣問題で日中間に小規模な軍事衝突が勃発した場合、アメリカが偵察分野での援助をするのか、日本軍への補給活動を実施するのか、それとも軍事的支援はなにもしないのか、日米安保条約第5条の規定はあまりにも不明瞭である」と日米首脳共同会見についてコメントしているそうです。
 
ワシントンにある保守系シンクタンク、ハドソン研究所で長年、日米同盟を研究してきた日高義樹氏は、今の日米の政治経済の環境下で、「尖閣諸島をめぐって戦争になった時、アメリカ軍が駆けつけてくれるなどということは、基本的にはあり得ないのだ」と強調して述べています。(『アメリカの大変化を知らない日本人』 246ページ, 20143月刊 PHP研究所)
 
201212月に米国で可決された国防権限法には、尖閣諸島に対する米国の立場を明記した条項が新たに追加されましたが、そこでも「武力行使」という文言は使われず、日米安保条約第5条に基づいて日本政府への“commitment”(関与・責任)を再確認すると書かれているだけです。
 






(7) the United States reaffirms its commitment to the Government of Japan under Article V of the Treaty of Mutual Cooperation and Security that ‘‘[e]ach Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan would be dangerous to its own peace and safety and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes’’.

National Defense Authorization Act (国防権限法 2012-12/31 PDF)
 
(※ かなり長いものですが、“japan”でページ内検索すればこの部分が見つかります)






 
5月15日の安保法制懇による集団的自衛権の行使容認の報告書の提出を受けた、ウォールストリート・ジャーナルの記事のなかでも、4月の日米首脳会談のことを「オバマ大統領が、米国のコミットメントに尖閣諸島は含まれることを確認した」と伝え、ここでも“commitment” 以上の言葉を用いて報道していません。
 
Japan’s Abe Takes Step to Enhance Military’s Role 2014-5/15 ウォールストリート・ジャーナル)
 
北村氏やフラベル准教授が指摘するように、集団安全保障体制が確立されているNATO条約と比べ、「日米安保条約第5条の規定はあまりにも不明瞭である」のです。
 
北村氏はこのほかに2012年9月の JPpress の記事でも、米国の同盟国であるイギリスとアルゼンチンの間で行われたフォークランド紛争(1982年)での事例を挙げ、米国の支援が主に軍事情報の提供だけであったことを挙げています。
また、元海上自衛官の中には、「(米国は)実際には交戦せず、情報提供や後方支援程度になるはず」と見るOBもいます(中村秀樹氏 週刊文春 2012年10月4日号)。このフォークランド紛争と元海上自衛官の話が示す問題点は、私が2012年に大きめのコミュニティー・サイトで取り上げました。
 
習近平が構築する新米中関係は、日米安保の骨抜きを狙う―米中の尖閣交渉―(2012-10/03 拙稿 )
 (第2節 「米中の大国協調と安保第5条」を参照)