画像: Dangerous Straits: Wargaming a Future Conflict over Taiwan(新アメリカ安全保障センター)から
目次
第1節 史上初の米国の国家防衛産業戦略
第2節 台湾戦争では米軍の長距離対艦ミサイルが1週間で枯渇する
第3節 中国による米国のサプライチェーンの支配とその脆弱性
第4節 米軍の「量的優位」の低下: 環球時報による論評
第5節 日本は「防衛装備移転三原則」の運用指針を改正
結 語
■ 第1節 史上初の米国の国家防衛産業戦略
2024年1月11日、米国防総省は史上初となる国家防衛産業戦略(National Defense Industrial Strategy)を公表した。
「ウクライナでの戦争は、現在の米国の防衛産業基盤の深刻な欠陥を露呈した。」(CSISのセス・G・ジョーンズ氏)
米国の軍需産業の縮小によって、ウクライナ戦争でのミサイル・弾薬不足が続いている。
米国の軍需産業は、冷戦終結以降その全体的規模が徐々に縮小している。このため想定される地域戦争において、「米国は大規模な戦争を長期間維持することが困難になっている」(セス・G・ジョーンズ氏)。
今回の史上初となる米国の国家防衛産業戦略は、この深刻な事態に対して、縮小している国家の防衛産業基盤を拡大し再活性化しようとするものだ。
国家防衛産業戦略の公表については日経が取り上げているが、戦略作成の背景までは触れていない。
米国、防衛産業協力へアジア同盟国と新枠組み 中国対処(日経 2024.1.12)
一方で、中国は「米国に対する戦争を抑止し、戦い、勝利するための強固な防衛産業基盤を急速に発展させている」。
これは、CSIS(戦略国際問題研究所)のセス・G・ジョーンズ氏(防衛戦略、軍事作戦が専門)のレポートでの報告だ。
米国の防衛産業基盤の脆弱性はウクライナ戦争が始まった2022年にはすでに指摘されていたが、この問題を提起したCSISのジョーンズ氏は、2023年1月のレポートでその問題を取り上げていた。
Empty Bins in a Wartime Environment: The Challenge to the U.S. Defense Industrial Base(ジョーンズ氏レポート全文)
冒頭で述べた通り、米国防総省は史上初となる国家防衛産業戦略を公表したが、ジョーンズ氏は前述の2024年の1月のレポートで、米国の防衛産業基盤に「早急の変革がない限り、米国は中国軍への抑止力を弱め、対中戦力が低下する危険性がある」と警告している。
彼は前述のもう一つの2023年1月のレポートで、「ウクライナでの戦争は、今日の長引く紛争が『産業戦争』になる可能性が高いことを警告している」と述べている。
ジョーンズ氏は、防衛産業基盤の変革と再活性化は一朝一夕には行えないと危機感を述べているが、米国の防衛産業基盤が再活性化されるには相当な時間を要する。米国の「緊急を要する変革」が今後早急に進まなければ、アジアにおける軍事力は中国に逆転され、その中国とロシアの軍事協力の拡大と発展により、世界の軍事情勢は激変する可能性がある。
■ 第2節 台湾戦争では米軍の長距離対艦ミサイルが1週間で枯渇する
CSISのジョーンズ氏のレポートから、大規模戦争シナリオでの米軍の大量の軍需品不足を示す一例をあげよう。
台湾戦争で米軍は3週間で5000発以上の長距離ミサイルを使う。その内、中国海軍を攻撃するのに大きな役割を果たす長距離対艦ミサイルを、米軍は開戦直後の1週間で使い果たしてしまう(開戦初期は中国の防衛が激しくなると予想されるため)。失った長距離対艦ミサイルを製造するのには2年近くかかり、不足分を補充するのにタイムラグが生じる。
そして米国のほか、イギリス、フランスでも軍需品不足の問題に直面している(※ ジョーンズ氏のレポートには、これについての詳細なレポートがリンクされている)。
NATOのストルテンベルグ事務総長は2023年10月の記者会見で、「ウクライナに対するロシアの戦争でNATOの備蓄は尽きた」、軍需品供給の「スピードと量が重要になる」と訴えている(共同通信 2023.10.26)。
■ 第3節 中国による米国のサプライチェーンの支配とその脆弱性
CSISのジョーンズ氏のレポートでは、米国の軍需産業基盤の重大な欠陥の一つとして、サプライチェーンの寸断、とくに中国によるサプライチェーンの支配をあげている。
この問題については、以下にその要約を記す。
(要約開始)
現在、米国の防衛部門のサプライチェーンは、一部の企業が閉鎖したり、非友好国へ海外移転したりして脆弱なものとなっている。
加えて、様々なミサイルや軍需品の製造に不可欠なレアアースを中国がほぼ独占しており(世界での生産量約70%)、世界中の高度なバッテリーのサプライチェーンも支配している。また米国は、防衛システムや軍需品の製造過程で必要になる鋳造製品も、中国のほか外国政府に依存している。
さらに、サプライチェーンの脆弱性として以下のものがある。
チタン、アルミニウム、その他の金属、半導体、ミサイル推進、高温材料、各種マイクロエレクトロニクスなど。
こうした問題は、国防産業法の権限を拡大することで対処できるかもしれない。
(要約終了)
ジョーンズ氏は別の場で、中国はサプライチェーンを「武器化」していると述べているが、この事は非常に重要な指摘だ。
■ 第4節 米軍の「量的優位」の低下: 環球時報による論評
米国の軍需産業はこのようなサプライチェーンの寸断の問題のほか、生産能力の不足と労働力の不足という大きな問題も抱えており、かつては他の軍事大国に対して米国が保持していた「量的優位」が不十分なものになっている。
2023年1月のジョーンズ氏のレポートの紹介記事や類似記事は、ウォール・ストリート・ジャーナルやフォーリン・アフェアーズなどでも掲載されたが、中国共産党の官営機関紙『環球時報』が、現下の米国の軍需産業の重大な欠陥と脆弱性について、解説と論評を2023年7月に行っている。
その中で環球時報は次のような端的な表現をしていた。
「米国のハイテク兵器システムの『質的優位』は小規模な戦闘には勝てるが、軍事大国の『量的優位』を圧倒するには不十分であり、米軍は『質 』でリードする必要があるだけでなく、『量』でも競争相手に遅れをとるわけにはいかない。」
US’ renewed emphasis on military production is ominous for global stability(環球時報 国際版 2023.7.31)
■ 第5節 日本は「防衛装備移転三原則」の運用指針を改正
日本は2023年12月、「防衛装備移転三原則」の運用指針を改正し、地対空迎撃ミサイル「パトリオット」の米国への輸出を決めた。
米国は以前から、日本に武器輸出のルール見直しを求めていたが、日本が防衛装備品をそのライセンス元の国へ輸出できる方針を決定した背景には、ウクライナ戦争でのミサイル・弾薬不足で露呈した、米国軍需産業の縮小による生産能力の不足、労働力の不足、サプライチェーンの寸断などの問題がある。
実際、1月に公表された米国の国家防衛産業戦略を解説したCSISの記事では、国家防衛産業戦略の取り組みとして、「米国の弾力ある防衛産業の工業生態系を支援するために、同盟国やパートナー国と協力する」ことがあげられている。
This will be achieved by working with allies and partners to support a resilient defense industrial ecosystem in the United States.
今後、米軍の「量的減少」を補完するために、日本の武器・兵器の輸出量は格段に増えていくだろう。
■ 結 語
米国軍需産業は、サプライチェーンの脆弱性、生産能力の不足、労働力の確保などの深刻な問題を抱えており、長期戦においては、対中国はもとより、2正面作戦、3正面作戦の遂行が到底不可能な状態になっている。
このような軍需産業の現状の変革と再活性化のために、同盟国やパートナー国との協力も視野に入れて、2024年1月、国家防衛産業戦略が発表された。
中国は強固な軍需産業基盤を急速に発展させている。ハイテク分野での米国との競争で優位に立つ中国との軍事力の競争は、それを左右する両国の「産業戦争」となっており、「産業戦争」においては現在、中国が優勢である。
米中ハイテク戦争、劣勢の米国 スティーブン・ローチ氏( 日経 2023.2.8.)
米国とその同盟国も含め、米国の軍需産業基盤の再活性化は、一朝一夕には行えないが、「早急の変革がない限り」(ジョーンズ氏)、世界の軍事情勢のパワーバランスは激変する。
ジョーンズ氏は「現在存在している競争の時代に備えるべき時が来ている」と述べているが、いま進行中の中国、ロシア、北朝鮮、イランの連合体との「産業戦争」で敗北することは、軍事的敗北を意味する。
(了)
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