<「①米国次期政権が構想する「アジア版NATO」―冷戦型軍需経済の復活―」からの続き>
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/35873209.html
  

     ■ ③ 米国の軍需経済復活と当事国である日本

「パネッタ米国防長官は、米議会で国防費の削減を求める声が強まっていることを受け、今後アメリカ軍の規模縮小は避けられないとして、日本など同盟国に対し、自国の防衛について今以上の役割を求めていく考えを示した。パネッタ米国防長官は10月11日、『同盟国には、アメリカによる軍事的な支援を引き続き保障する一方で、自国の防衛に今以上の責任を担ってもらう』と述べ、今後、日本などの同盟国に対しより大きな役割を求めていく考えを示した。」 (10月12日 NHK)

「アジア版NATO」の構想が出てきた背景には、オバマ政権での天文学的に拡大した米国債による米国の深刻な財政赤字がある。クリストファー・レインらが提言した「オフショア戦略」の基本的考え方に沿って、財政赤字の限界に達したアメリカは、冷戦初めに欧州で旧ソ連に対して集団安全保障体制を構築して対抗したように、中国に対する「アジア版NATO」を構築しようというのだ。

(※ 「オフショア戦略」とは脅威を及ぼす国から遠く離れた所から、外交・軍事力配置・経済政策などを用いて、その対象国を封じ込めるアメリカの伝統的な基本的軍事・外交戦略である。offshore:沖合いへ向かって)

但し、今回の「アジア版NATO」では、NATOのようにアメリカがソ連との軍拡競争の先頭に立って中国に対峙するという形ではなく、北東アジアや東南アジア諸国にアメリカ製兵器の軍備増強をさせ、かつアメリカの軍需産業を盛んにして国家的な経済成長を狙うという重要な意図があるようだ。

「ベトナム戦争以降の現代戦は、国家財政を大きく消耗させてしまうため長期的な需要とはなりづらい。国家の軍需産業にとって最も望ましいのは冷戦のような軍拡競争であるといわれる。」

『「戦争」による、アメリカの経済恐慌からの脱出は可能か』 (拙稿 2009年1月)
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/22192317.html

この「21世紀のアジア同盟」と名づけられた戦略構想は、アメリカの冷戦型軍需経済の復活によって、中長期にわたるアメリカ経済の復興に大きく貢献するだろう。

このような説明をすると日本のマスコミなどは米国アレルギーに見舞われるが、自国の主権を真面目に考えようとすれば、中国の危険な射程圏に位置する日本としては、アメリカ保守グループが構想する「アジア版NATO」の中で、多くの役割を果たすことを余儀なくされる。
それが嫌なら話は簡単だ。中国の支配下に置かれ、傀儡政権として属国として、中国に自分達の平和な生活を守ってもらうことを選択すれば済むことだ。

このアジア同盟という集団安全保障体制では、南シナ海での防衛では東南アジア諸国の参加の中で、とくにベトナム軍とインドネシア軍の役割を重視し、北朝鮮に対しては米軍のほかに韓国と日本を中心に据えている。
また、有事の際の中国のシーレーンの海上封鎖(マラッカ海峡、ロンボク海峡など)については、米国、オーストラリア、インドのほかに、やはりここでも日本の軍事力を主力の一つとして重視している。

     ■ 結語:米ソ冷戦との違いと構想の大きな問題点

さて、共和党保守派から出てきた「アジア版NATO」では米ソ冷戦との大きな違いを持つ。このブルーメンソールらの論文では、「アジア版NATO」のもとでの中国とアメリカの軍事的な競争は、米ソの「冷戦」とは異なったものになるという。この大国間の競争は、貿易の増大や経済的な統合が、激しくなる軍事的競争と共存する。米中の間には経済的に強い相互依存関係があるからだ。この協調と競争の関係は、アジアの安全保障に作用し、米ソ冷戦の時よりもはるかに高い脅威をともなった抑止力の働きを持つと述べている。

Sino-American security competition, however, does not prefigure a new Cold War. That is too simple a metaphor to describe the new complex reality. In this great power competition, increased levels of trade and economic integration will coexist uncomfortably with an intensified military rivalry. For Washington, this mix of cooperation and competition makes the tasks of reassurance and deterrence much more difficult than during the Cold War.

米ハドソン研究所の予測データでは、中国の老齢化は急速に進み、60才以上の人口は、2020年には17.1%、2030年には国民の約4分の1の23%と推計されるという(日本の2010年の65才以上の人口が全体の23%)。中国の1人の老人を支える労働者の比率(依存比)で見ると2006年の5.2が、2030年には2.2へ急上昇する。中国には労働者2.2人で老人1人を養う、つまり9億の労働者が4億の老人を養う時代が待っている(注-2010.3.日高)。

「アジア版NATO」が構築され、米中冷戦を2025年までアメリカが継続させた場合、中国は急激な高齢化と極端に遅れている社会福祉医療制度の膨大な支出の増加により、旧ソ連と同様な財政的理由による冷戦敗北の結果を見る。

また2020年から2025年にかけては、アメリカが開発を進めている軍事衛星を使ったサイバー兵器の実用化が始まり、サイバー兵器により中国の核兵器、ミサイル、空母、戦車の機動を停止させてしまう時代が来る。サイバービームが最初に実際に使われたのは、2008年8月のロシアによるグルジアの通信システムへの攻撃であった(注-2010.10.日高)。
中国はアメリカとの冷戦で軍事力の面でも敗北するだろう。

最後に、この論文の戦略構想がもつ最大の問題点について私見を述べてみたい。それは日本国債の暴落を考慮に入れていないことだ。R.カプランは中国の問題について、「予想される経済的・政治的な大混乱と激変を考慮に入れずに、実際の政策を立案することは本当は軽率なことだ」という意味のことを述べているが、この言葉は日本国債暴落による日本の国家破綻についても当てはまる。
http://www.cnas.org/node/7042

「アジア版NATO」で大きな軍事的役割をもち、軍備増強の圧力をかけられる日本が国家破綻してしまったら、ブルーメンソールらが描く「アジア版NATO」の骨組みは大きな変更を余儀なくされるだろう。
また、一国平和主義の日本の世論の激しい反発が起こり、日本の政権がアメリカの要求どおりに動けるかという非常に困難な問題が出てくる。

しかし、国債の長期金利が急上昇を始め、日本国債が暴落するまでは次期アメリカ政権の対日ベクトルは「アジア版NATO」の方向へ向かうというのが現時点での私の予測だ。日本の財政難によりベクトルの大きさには程度の大小が出てくるだろう。しかし、ベクトルの向かう方向は、ブルーメンソールらのこの計画の方向へ向かうと考えられる。

■ 注:
・注-2011.10.日高:『アメリカの歴史的危機で円・ドルはどうなる』 日高義樹著 徳間書店 2011.10.8刊
・注-2011.5.日高: 『世界の変化を知らない日本人』 日高義樹著 徳間書店 2011.5.31刊
・注-2011.4.日高: 『いまアメリカで起きている本当のこと』 日高義樹著 PHP研究所 2011年4.1刊
・注-2010.10.日高:『アメリカにはもう頼れない』 日高義樹著 徳間書店 2010.10.31刊
・注-2010.3.日高: 『アメリカの日本潰しが始まった』P.190 日高義樹著 徳間書店 2010.3.31刊

■ 参考リンク:
Project 2049 Institute
http://www.project2049.net/

‘Counter-Bismarckian’ Diplomacy (JamesR. Holmes, The Diplomat, September 8, 2011)
http://the-diplomat.com/flashpoints-blog/2011/09/08/%E2%80%98counter-bismarckian%E2%80%99-diplomacy/

地政学&地経学で読み解くTPP:「アジア太平洋国家・米国」の東アジア積極的関与戦略、TPPの先にあるFTAAP構想実現が狙いか (10月16日 「園田義明めも」)
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2011/10/16/6158108

『「戦争」による、アメリカの経済恐慌からの脱出は可能か』 (拙稿 2009年1月)
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/22192317.html

DOMOTO
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735
http://www.d5.dion.ne.jp/~y9260/hunsou.index.html