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【目次】
【1】 今後5年間は苦難の調整期
―IMFとローチ氏はポジティブな評価-
【2】 IMF報告書の紹介とローチ氏の解説
 
「中国は、ペースは遅いが、より安全に、より持続可能な成長とともに「新常態」へ移行しつつある」 ( IMF 2015年8月14日)
 
    【1】 今後5年間は苦難の調整期
 
        ―IMFとローチ氏はポジティブな評価-
 
日本のマスコミ、そしてブログなどネットでは中国経済の実態の根本的な動きが知られていないようで、一様に中国経済は単に相当悪化しているという記事が多いようです。これは海外でも同じようで、中国経済の構造改革の進展に焦点を当ててポジティブな評価をしているのは少数派のようです。
 
トルコの首都アンカラで9月5日まで開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、「中国の楼継偉(ろうけいい)財政相が、中国経済の先行きについて『今後5年間は構造転換の陣痛期になる。苦難の調整過程になるだろう』との見通しを示した」そうです(9月6日 毎日新聞)。
 
東京新聞などはこのことを会議筋の話として、「今後五年間は厳しい状態が続く。もしかしたら十年間かもしれない」と楼継偉財政相が説明したと伝えています。
 
9月6日の毎日新聞を抜粋すると、
 




楼財政相は「構造転換の陣痛期」について「過剰生産や過剰在庫の解消には数年間が必要」と説明した。
 
 習近平指導部は、中国経済を投資依存の高成長から消費主導の安定成長に構造転換させることを目指しており、楼財政相は「構造転換に伴う主要な改革は20年までに完成させる必要がある」と表明。だが、非効率な国有企業が温存されるなど投資依存からの脱却は難航が必至で、「消費主導への転換は苦難の調整過程になるだろう」と認めた。
 
 一方、楼財政相は今後4〜5年の国内総生産(GDP)の実質成長率について「改革推進で(今年の政府目標の)7%前後を維持する」とも述べた。消費関連のサービス業が発展していることを訴えたが、改革の具体策は示していない。
 
G20:中国「5年は苦難の調整」 生産・在庫が過剰 (毎日新聞 2015年09月06日)
http://mainichi.jp/select/news/20150907k0000m020100000c.html
 




今後5年間が中国の構造転換の陣痛期で、それが苦難の調整過程になるならば、いつか来る事態であったとはいえ、これから世界経済は相当な影響を受けるでしょう。
 
2014年の春にも「中国経済の崩壊はいよいよ今年か」などの見出しがネットやマスコミを賑わせましたが、この時はある株式評論家が連日のように「中国経済崩壊、中国経済崩壊!」と連呼していました。
 
この時期、元モルガンスタンレー・アジア会長で中国経済の専門家であるスティーブン・ローチ氏(現エール大学ジャクソン研究所シニア・フェロー)は、中国の構造改革を高く評価していましたが、今回も<ポジティブな評価>をしています。
 
中国経済は危機突破の方向へ進んでいる (2014/04/10 拙稿 )
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/38632023.html?type=folderlist
 
中国経済の専門家であるローチ氏のコメントは、「影響力のあるエコノミスト」(米CNBC)として、今回も英フィナンシャル・タイムズ紙ほかいくつものサイトで取り上げられています。
 
そして、国際通貨基金(IMF)ですが、IMFは中国の構造改革の進展について、8月25日のプロジェクト・シンディケイトに掲載されたローチ氏の見解と同じポジティブな評価をしています(ローチ氏自身がIMFの見解を紹介しています)。
 
IMF Executive Board Concludes 2015 Article IV Consultation with the People’s Republic of China(概要版)August 14, 2015 IMF
http://www.imf.org/external/np/sec/pr/2015/pr15380.htm
 
China’s Complexity Problem(中国の複雑性の問題) スティーブン・ローチ August 25, 2015
http://www.project-syndicate.org/commentary/china-complexity-problem-by-stephen-s–roach-2015-08
 
     【2】 IMF報告書の紹介とローチ氏の解説
 




中国の景気減速と株価急落、危機の予兆ではない=IMF高官 (8月22日 ロイター)
http://jp.reuters.com/article/2015/08/23/china-imf-idJPKCN0QS0XK20150823
 
国際通貨基金(IMF)高官のカルロ・コッタレリ氏は22日、中国の景気減速と同国株式市場の急落について、危機の予兆ではなく、あくまでも「必要な」調整の前触れ、との認識を示した。記者会見で述べた。
(中略)
カルロ・コッタレリ氏はIMF理事会でイタリアやギリシャなどを代表しているエグゼクティブディレクター。同氏は記者会見で「金融政策は近年、非常に緩和的だった。調整が必要」と指摘した上で「中国の危機をうんぬんするのは、まったく時期尚早というものだ」と述べた。
同氏は、6.8%としているIMFの今年の中国成長率見通しを確認。「中国の実体経済は減速しているが、これは自然だ」と指摘した。
中国が今月、人民元切り下げに踏み切ったことについては、同氏は、IMFは向こう数カ月以内にも中国当局と協議するとしている。
 




前出のIMFの調査報告書の冒頭は、次のように始まります。
 
「中国は、ペースは遅いが、より安全に、より持続可能な成長とともに「新常態」へ移行しつつある」
China is transitioning to a new normal, with slower yet safer and more sustainable growth.
 
ローチ氏はこれに関連して(前出記事)、「西側の解説者は中国経済の議論を単純化し過ぎている、そしてそれを続けている」と言います(訳者注:中国経済の<問題を>単純化しているのではなく、それから派生した<議論を>単純化しているところから誤謬が生まれるということでしょう)。
 
その単純化し過ぎた議論は、「過去20年間、見当はずれであり続けてきたよく言われる中国のハードランディングのシナリオの観点から、この問題を組み立てている」と指摘しています。この夏の株価急落と人民元切り下げのサプライズの後も、同じことが再び起きていると言います。
 
そして、「中国に大変な不況が来るという恐れは、非常に誇張されている」と感想を述べています(“I suspect, however, that …”)。
 
IMFの調査報告書の前半から中身を少し抜粋してみますと、
 
「労働市場は低迷しながらも弾力性を維持したままである、これは、中国経済がより労働集約的なサービス業部門へと方向転換しているためである。」
 
ローチ氏はこれを解説した形で次のように述べています。
 
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中国の短期的な経済見通しについての議論は、つまらないものではないはずだ。中国経済において、はるかにより大きい構想は、リバランシング(rebalancing)への進路への<堅実な前進>である。すなわち、<製造業活動や建設業活動からサービス業への構造転換>である。
 
2014年の中国のGDP全体に占めるサービス業の比率は48.2%に達した。これは、製造と建設を合わせた42.6%をよく上回っている。そしてその差は広がり続けており、2015年の上半期ではサービス業は前年比8.4%増加した。これは製造業と建設業を合わせた6.1%の伸びを大きく上回っている。
 
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中国政府がGDP成長よりも優先させている政策目標の一つが、この<製造業活動や建設業活動からサービス業への構造転換>であり、ローチ氏はこれを、「よりはるかに大きい構想」(“the far bigger story”)と呼んでいます。
 
マスコミは中国経済の報道で頻繁にといえるほど、GDP成長率の数字を取り上げこだわりますが(公式の数字からかなり低い推測値まで)、いま進んでいる中国の構造転換のうち、<製造業や建設業からサービス業への構造転換>という“the far bigger story” から見ると、ローチ氏の記事に見られる数字のように、大きな成果をあげているわけです。
 




中国経済の専門家であるローチ氏によれば、今の中国経済を考える際に、欧米の大部分の観測筋は(日本も含め)、GDP成長率という数字にこだわり過ぎていると言います。
 
2014年3月に開催された中国発展フォーラムでは、ローチ氏に楼継偉財務相は次のように述べたそうです。
 
「中国は成長目標で、かつての1つの目標だけ(GDP)を重要視することから事実上脱皮している。中国政府は今、3つのマクロ経済目標を重要視しており、それは雇用創出、物価の安定、そしてGDP成長である」

人民銀の周小川総裁も金融政策において楼財務相と同様なことを述べています。
 
周総裁はこう述べたそうです─『中国人民銀行は、ただ一つだけの目標(GDP)を達成しようとしているわけではない。人民銀は、物価安定、雇用、GDP成長、国際収支という目的から成る多目的機能と呼ぶものと合致した金融政策の骨組みを作っている』
 
(前出拙稿「中国経済は危機突破の方向へ進んでいる」第2、3節から抜粋)
 




マスコミなどの見方に反するように、IMFのこの報告書では、GDP成長率を今年の6.5%~7%から、来年は6%~6.5%へ最大で1%さらに減速させることを中国に勧めています。IMFの担当責任者たちは、「経済を<上手に減速させていくこと>が中国の大事な課題である」と強調しています。
 
Directors highlighted the challenge of managing the slowdown, and recommended that macroeconomic policies should be calibrated to achieve an orderly adjustment by aiming for GDP growth of 6½ to 7 percent this year and 6 to 6½ percent next year.
 
また、シャドーバンキングの問題については、
 
「シャドーバンキングへの厳しい規制の結果として、信用の伸びはかなりの程度で減速しており、標準的な銀行の融資業務へ、以前より変化し改善されてきている」
 
そして「2008年の世界金融危機以来、信用融資による投資への依存が、中国経済に大きな脆弱性をつくっている」のですが、IMFは、より<持続可能な成長モデル>へ移行しようという中国当局の強い関与を歓迎し評価しています。
 
この<持続可能な成長モデル>へ移行するために、中国経済のもつ大きな脆弱性に中国当局がどのように対応してきているかが、このIMF報告書には記述され、IMFは中国当局のこれまでの構造改革全般の取り組みを肯定的に評価しています。
 
IMFの報告書のこの概要版は、中国政府が取り組んでいる構造改革と財政強化など中国経済全般の改革の進展について、非常に整理されて述べられているので一読されることをお勧めします。
 
ドイツのショイブレ財務相は9月5日のG20財務相・中央銀行総裁会議後の記者会見で、「中国の経済成長鈍化について神経質になる必要はないとの見解でG20が一致したことを明らかに」しました。
 
「ショイブレ財務相は『中国は野心的な改革を決定し、さらなる改革を恒久的に追求していく方針を明確に示した』とも述べ、中国が金融市場改革の続行を約束したことも明らかにした」そうです。
 
G20、中国経済への懸念は不要との見解で一致=独財務相 (9/05-2015 ロイター)
http://jp.reuters.com/article/2015/09/06/g20german-idJPKCN0R603Q20150906
 
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今年5月に公開された日本に対する経済審査の報告書と比べると、中国経済のこの報告書の概要版に限って言えば、ネガティブな表現は見当たりません。この事は、日本に対するそれと対照的です。
 
IMFが日本のスタグフレーションに言及 (5/28-2015 拙稿 )
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735/39461365.html
 
日本経済について5月の報告書は(5月の報告書ばかりではありませんが)、相も変わらない輪転機依存の金融政策と借金依存の<持続不可能な経済>を改めるように、再三にわたる警告をしています。
 
中国経済のもつ大きな脆弱性、これがために中国経済崩壊を大いに心配する人達が多いのですが、この大きな脆弱性に中国当局がどのように対応してきているかについては、また稿を改めて書ければと思います。
 
また、米国の米中経済安保調査委員会のHPが9月3日に公開した月例レポートの中の、人民元の動きについての考察についても稿を改めて書ければと思います。
 
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