マレーシア機撃墜 米国のロシアへの軍事介入はあるのか

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乗客乗員298人を乗せて墜落したマレーシア航空MH17便(AFP)
 
7月17日にウクライナ東部で、親ロ派武装勢力によるものと思われるマレーシア航空機撃墜事件が起きました。
 
現在の時点では、オバマ大統領は米国が軍事介入を実施する可能性は排除しています(7月18日 ロイター)。
 
米国の戦略雑誌『ナショナル・インタレスト』に、この民間機撃墜についての記事があるというので読んでみました。ただし、この記事の執筆者はこの雑誌の編集者で、国際政治と軍事の専門家ではないようです。
 
The Ukraine Plane Disaster: Countdown to A New World War I? (7/17-2014  National Interest)
http://nationalinterest.org/blog/the-ukraine-plane-shooting-countdown-new-world-war-i-10903
 
保守系の雑誌らしく、「新世界大戦Ⅰへのカウントダウンか?」と題名が付けられています。
私がこの記事を読んで1つだけ注目したのは、航空機を撃墜した地対空ミサイルの発射が誤射ではなく、親ロ派武装勢力がプーチンに彼らをもっと強力に支援させ、西側の欧米との対立をさらに悪化させるためのものであった可能性があるという指摘です。
 
One possibility may be that the rebels shot down the airplane in order to exacerbate the confrontation with the West–to force Putin to back them more strongly.
 
米国のシンクタンクであるブルッキングズ研究所は、マレーシア航空機撃墜のあったこの日、ロシア政府は親ロ派武装勢力への武器と援助物資の供給を止めなければいけないと言っています。
 
A New Tragedy in Ukraine: The Shootdown of Malaysian Airlines Flight 17 (7/17-2014 ブルッキングズ研究所)
 
しかしこの戦いは、オバマ政権の対ロシア戦略に敵対するプーチンの戦いなので、ロシアが武器と援助物資の供給を止めるわけもありません。オバマ政権の対ロシア戦略とはウクライナやグルジアをNATOに組み込むという戦略です。
 
旧KGB出身のプーチンはソビエト連邦の旧共和国をまとめあげ、「ソビエト帝国の復興」という悲願に執念をいまだ燃やし続けているのです。このことは米国のロシア専門家たちも承知しています。
 
そこで『ナショナル・インタレスト』の“Countdown to A New World War I?”(新世界大戦Ⅰへのカウントダウンか?)の題名ですが、米国の「穏やかな」世界戦略を見る限り、この編集者の“World War”という言葉は、雑誌編集者の受け狙いとも取れるほど、アメリカ軍と米国の世界戦略からかけ離れているようです。
 
米国が抱える国際的に大きな火種は現在3つの地域にあり、それは(1)中国による東・南シナ海、(2)イラク南部の多くの石油施設を抱える中東、そして(3)ロシアが関与するウクライナです。(※ 米国でシェールガス・石油が多く産出されても、グローバルなエネルギー市場での価格高騰は米国の産業力に大きく影響を及ぼすので、中東地域への関与は依然として米国の重要課題です)
 
米国の太平洋軍の対外政策顧問であったマーク・ウォール氏(2012-13年在任)は、ロシアに脅かされるウクライナ情勢やヨーロッパに対しても、中国に脅かされる東アジアで行っている米国のリバランス政策が活用できると言っています。そして対中国政策でも使っている5つの指針を挙げています。
 
 
戦略国際問題研究所(CSIS)のウェブサイトに掲載されたマーク・ウォール氏の述べる5つの指針のなかから、『ナショナル・インタレスト』の雑誌編集者の“World War”の言葉が突飛に見えてしまう理由を挙げてみます。
 
First, don’t overplay the military component.
Limited military deployments are warranted.
 
軍備を重視し過ぎず、<制限された(限定された)>軍事配備が正当化される(必要となる)
 
It is important to provide such assurances, but also not to encourage them to act in ways that would incite conflict and drag the United States into fights not of its choosing.
 
「ウクライナやヨーロッパに確実さ(安心)を与えるのはよいが、対立を煽り立てて米国が戦闘に引きずり込まれるような方法で彼らを勇気づけない(助長しない)>ことが重要である
 
太平洋軍の対外政策顧問であったウォール氏のこの指摘は、中国による南シナ海でのベトナム船衝突事故や日本の尖閣問題などでも同じです。まるでオバマ政権の米国は、世界中のどこにおいてでも、戦闘や戦争に巻き込まれないことを最優先にしているように見えます
 
そしてウォール氏は、米国の軍事力行使の可能性について次のように述べます。
 
「米国はいま、海外で新たな軍事力行使に進めるベストな状況ではない。ワシントンの注意はいま、イラクに引き付けられている。そして米国政府は(国防)予算の制約という行き詰まり状態に直面している・・・・」
 
The United States is not in the best position to pursue new exertions abroad. Iraq now grips Washington’s attention. At home, it faces gridlock, budget constraints, and a public mood still smarting from interventions in Iraq and Afghanistan.
 
強制予算削減法による国防費の大幅削減の下で、ウクライナ及びロシアとの境界線に位置する国々、イラク、シリア、イランの中東、東・南シナ海を脅かす中国の3領域での火種を抱える米国は、ウクライナ一国のために世界全体の戦略と国家財政を狂わすわけにはいきません。
 
それゆえ、シリア攻撃を決断しなかったオバマ大統領は、ウクライナにしても尖閣諸島にしても、よくても「制限された(限定された)軍事力」しか投入して来ないことが予想されます。こういった情勢が第1次世界大戦前夜とは決定的に違うのです。
 
加えてウォール氏は、イラクとアフガニスタンへの軍事介入から、まだ苦痛を受けている国民の厭戦気分に米国政府が直面していることも挙げています。
 
マレーシア航空機撃墜やウクライナ情勢を近視眼的にとらえると、「世界大戦へのカウントダウンか?」などというように、よく目にするネット上の書き込みのような見方が出てきますが、米国の同盟国と友好国は世界中に多数存在します。曲がりなりにも米国はそれらの多数の同盟国や友好国の、敵からの防衛に大きく関わっています。
 
ロシア、中国、イラン、北朝鮮、イスラム武装勢力・・・・
<現実の世界では、>
ライトからの攻撃だけに気を取られていて、正面とレフトからの攻撃のことは忘れてました
では済まないのです。
 
国際政治アナリストのイアン・ブレマー氏は、金融・エネルギー面での経済制裁の強化は、「紛争の方向性を変えるわけではなく、問題をエスカレートさせることになる」と述べています。
 
コラム:撃墜事件がウクライナに与えた「3つの変化」=ブレマー氏 (7/18-2014 ロイター)
http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPKBN0FP00H20140720?sp=true
 
イランと北朝鮮は欧米の経済制裁にもかかわらず、核兵器開発の道を進んでいます。プーチンの「ソビエト帝国の復興」という執念は、イランや北朝鮮の核兵器開発への執念と同じです。
ブレマー氏も主張していますが、ウクライナをとり巻く情勢はさらに悪化すると予想します。
 
■ 参考文献
『アメリカはいつまで日本を守るか』 第7章(日高義樹著 2013年11月刊)
 
(了)